2012年4月5日木曜日

タムムン滞在記最終回「~アンチアメリカのタムムンが遂にアメリカへ・・・ミーナと再会」編





 アメリカにだけは染まるものかという反骨精神でヨーロッパから中南米を旅して来たものの、アメリカ、特にサンフランシスコには楽しいことがそれはそれはたくさんあった。


 洗練されたレゲエミュージシャンが毎週のようにライブに来るし、ライブの後のクッキーサンドアイスは格別にうまいし、車を2時間とばせば巨大なレッ ドウッドのそびえる公園でキャンプができる。金曜夜のPolk Streetには仮装したゲイがたくさんいるし、Mission地区はメキシコそのものだし、ゴールデンゲートパークにはマリファナの匂いに包まれジャンべのリズムが響き渡る。そんな日々に飽きる事は無かった。


 私にとってアメリカは、まるで温かいベッドから出られない冬の朝だ。
メキシコで1年以上も洗濯機もTVもネットもない生活をしていたのが信じられないほど、文明の利器にお世話になりっ放し。食器洗いすら機械任せだ。 これではいけない。





 あれは旅を始めてから2度目の夏。グアテマラのホステルの中庭で私が織物を織っていた時だった。
ヒッピーの女の子がそれを見て言った。
「それ、すごくきれい!私も絶対に、やるわ!」
これがミーナと私の出会い。


 彼女はメキシコ系アメリカン。ヒッピーが多くて有名なサンタクルス大学で農学を勉強し終えたところだ。
「卒業前にサンタクルスにおいで!」と誘われたので、遊びに行くことにした。
 赤いとんがり帽のノームが住んでいそうな小さな家は、小さなミーナとよく似合っていた。
まずはラム酒で再会を乾杯し、グアテマラ時代の思い出話に花を咲かせた。
当時、彼女は同じホステルにいたサイという赤毛のドレッドボーイと親密な仲だった。
「サイは私には優し過ぎたわね。彼に出会った時から終わりが来るのは見えてた、遠距離恋愛なんて私には意味がないもの。 それに私、サイみたいなスキニーな男はタイプじゃないの。手も体も、男はゴツゴツしてなきゃね! 」

 
 メキシコに長期滞在した私にとって、彼女の両親にも興味があった。
「パパとママはティファナ(アメリカとの国境沿いにあるメキシコの街。近年は不法越境を試みるメキシコ人であふれ返っている。)から歩いて国境を越えたの。当時はアメリカの警備もそれほど厳しく無かったし、パパは何度も国境を行き来してたからルートを熟知していたみたい。
その後にメキシコの親戚もアメリカへ呼びよせて、姉と私が生まれたのよ。
家族の会話はいつもスペイン語。毎年メキシコに里帰りしてるけど、ママはもうメキシコへは帰りたく無いって言うのよ。」


 彼女の話は時に、曖昧な私を代弁してくれているかのようで清清しい。
「私の荷物はいつだってせいぜい段ボール2箱。Tシャツとジーンズとパンツ、あとは本くらいよ。車は要らないから免許は取らないの。
イチゴ畑でバイトしてるけど、いつもチャリンコ通勤。地球に優しいでしょ?
だから大きい家や車を買って、ブランド服に身を包むアメリカンドリームになんて興味は無いの。
アメリカンドリームじゃなくてマイドリーム、旅こそがマイドリームね。
旅と言ってもお金はかからないのよ、旅中出会った人にお世話になったり、農園で働いたりするから。おしっこだっていっつも草むらでしてるわ。
毎日色んな人と出会って、異文化を知って、恋をして、そんな幸せな人生ってある?
2年以上も旅を続けてるあなたなら解るでしょう?
、、、、、、、できることなら一生、旅をしたいわ。」


 「それから私、アメリカの医療制度(アメリカには国の医療保険はないので、個人で保険を契約する。)なんて信じてないのよ。
昔、おじいちゃんの具合が悪くなって、アメリカとメキシコを何度も往復して両国の医者に見てもらった。
それでも原因が解らなくて、3往復目にやっと、余命2ヵ月の末期がんだってわかったの。
その後の2ヵ月は毎週末おじいちゃんのために親戚みんなが集まって、マリアッチを呼んでパーティーよ。
おじいちゃん、マリアッチが大好きだったの。
お葬式の日も最初から最後までマリアッチの演奏が止む事は無かったわ。」
この話には目頭が熱くなった。ラテン人の家族愛に勝るものはない。


 夕方のサンタクルスの街を歩くと、小さなゲイパレードが行なわれていた。
それにしても風が強い。年中サーフィンの聖地であるこの街ならではの潮風で私の顔はじっとりしていた。
お腹が空いたので学生向けのインド料理屋に入り、ベジタリアンカレービュッフェなるものを1人分だけ注文して、ミーナと2人でせこく分ける。店内でいきなりベリーダンスが始まったが、あれは食事中に見たいものではない。


 日が沈み、ミーナはビリヤードに行こうと言い始めた。あまりのり気ではなかったけれど、付き合うことにした。
 アメリカではみんなIDを携帯しているなんて知らなかった。私がせいぜい持っていたのはパスポートのコピー。
ハリウッド映画に出てきそうな大柄の黒人ガードマンに「コピーじゃ証明にならねぇ、帰りな。」とあっさり入場拒否されてしまう。
「この子、未成年じゃないわ、27歳よ。日本から私に会いにわざわざ来てくれたの(嘘)。IDをうっかり忘れただけよ。ねぇお願い、入らせて。」デカい男に立ち向かう彼女が大きく見えた。

 
 その後、ローカルのバーならコピーでも入場できるという噂を聞いたのでトライしたら入場できた。単純なもんだ。
 2ゲーム目を始めようとした時に閉店5分前コールが。じゃあ5分で勝負をつけようと思ったら、店員が私たちのキューを強引に取りあげた。
「お願い、アミーゴ。すぐに終わらせるから。この子、私とビリヤードする為に日本から来たのよ(嘘その2)。」私だったらすぐにあきらめるだろう。でも彼女はいつも刃を向けた。まるでロックシンガーのように。
 

 帰り道、酔っぱらった彼女は多弁になり、ジグザグに歩いた。時折肩がぶつかり、私もジグザグに歩くはめになった。
 家に帰ると夜の2時を過ぎていた。そろそろ寝たいと思ったが、案の定、彼女は今度は恋愛へと話を発展させた。
「愛していた彼(メキシコ人)と何もかも終わったの。他にも2人付き合ってみたけど、彼以上の人には出会えない。あの人と出会わなければ私はもっと幸せでいられた。そう思うくらい、今でも彼への想いに苦しめられるわ。
でも私はこれからもずっと旅を続けたいし、結婚に興味なんて無いし、子どもが欲しけりゃ養子をもらう。こんな考えの私が恋愛をしたって相手を傷つけるだけかしら?将来のない男女関係についてあなたはどう思う?」
彼女の頬に涙がつたった。そこには23歳の、ごく普通の女の子がいた。


 アグレッシブな彼女の話は時に極端にも思えたが、大方はもっともだと思った。メキシコという故郷や家族があることが強みだし、何と言っても、16歳の時から世界を旅して来た経験が彼女の全てなのだ。
 ミーナは今、アメリカで人気就職先ナンバー1と言われるNPO団体、Peace Corpに所属し、エクアドルで奉仕活動に専念している。世界の裏側で、きっとまた酔っ払って、恋でもして、べらべらおしゃべりしてるんだろうなぁ。

10 件のコメント:

kalie さんのコメント...

タムムンの旅行記もついに最終回!毎回たのしみにしていたから寂しいですよー。次回インド話を聞けるのが今から待ち遠しい!
旅ってほんとうにいいよね。読んでいる時はいつも、知らないところを旅しているような気持ちになっていたよ!

tamtam さんのコメント...

なんか尻切れトンボで終わっちゃって申し訳ない。
やぁ、旅ってほんっとうにいいもんですね~
カリさんの日記もこれからも毎度楽しみにしてます☆

shizukadottocoms さんのコメント...

ミーナがまさかの23歳とは!!
こうしてtamtamが成長していったのですなぁ~!!

kanasubi77 さんのコメント...

えぇぇ!?これ終わっちゃうんす!!?これから、何を楽しみにして毎日を頑張ればいいのか。。

tamtam さんのコメント...

Cちゃん>>>
当時ミーナ23歳、タムムン26歳でした。
♪あの頃はっ ハッ!!!


かなすびさん>>>
大丈夫。君にはきみまろDVDがついてるよ。

Hana Hostel さんのコメント...
このコメントは投稿者によって削除されました。
kanasubi77 さんのコメント...

amしゃん
確かに私にはきみまろDVDがついてるよ!でもtamしゃんのReplacementなんて、なんにも敵わないさっ!思い切って本だしてみれば?

Chika さんのコメント...

うちもいつもタムさんの旅行記楽しみにしてたのに、最終回!?
なんてこったい。。。
タムさんの旅の話もっと聞きたいから広島にきて♪

もしくは将来うちがどっかの島にすんでると思うから(希望)そのときふらりときて話して頂戴よ☆ニヤリ

tamtam さんのコメント...

>>>Chikaつん
いいや、私のほうが先に島に住んでるよ!カリマンタン島かボラボラ島あたりね!

Chika さんのコメント...

なんと!いったいどこの島!!ってことで思わずググッてしまいました☆
ボラボラ島いいねぇ。

では私は日本の島国をこれからまわって移住先を決めますわ。
そして今年は味噌を作れるようになりたいです。(←まったく関係ないw)