人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ
沢木耕太郎「深夜特急」第一章
2007年3月。
世界一周券を片手に、目的も、行き先も、期限もない旅へ出た。
辿り着いたのは、スペイン。
とはいえ、スペイン本土まで千キロ以上、モロッコまで百キロちょっとのところに位置するカナリア諸島のグランカナリア島。常春と謳われるこの島の、ローサとアルベルト夫妻の畑には、琵琶やアボカド、とうもろこし、グアバなどが所狭しと生い茂っていた。
他に歌の上手いニワトリが六匹、くさくて大きな犬が二匹、甘えん坊の猫も五匹。
ミツバチの羽音が響くこの有機農家で私はWWOOF(World Wide Opportunities on Organic Farms)ボランティアとして一春を過ごした。
最初に教わった仕事は雑草抜きである。有機農家は除草剤を使わないので、雑草を人の手でまめに手入れする必要がある。その中からウイキョウとカナムグラはニワトリにプレゼント。小屋に放り込むと我先にと突付きに来る。おいしい卵になぁれ。
サボテンは切り捨てた茎からでも発芽する生命力の強い植物。ナイフで小さく切り刻んでおく。あとはトゲのあるイラクサを除き、残りの雑草は全て乾燥させてコンポストにする。
日が傾くと自動散水が始まるので、散水チューブがきちんと的を得ているか確かめる。というのもここの農家はきつい傾斜面上にあり、単純に木の根元に散水すると水が下に流れ出てしまう。因って、木の生える斜面の上部に小さな溜め池を作り、木が徐々に水を吸えるようにしておく。傾斜面での作業は歩くだけでも大変。靴の中にドバドバ砂が入ってくる。
春は夏に向けて植物の養分を貯えなければいけない時期。自動散水以外に、ホースでもたっぷりしっかり水を与えておく。水は生活廃水を浄化したものと水道水が半々の割合で、散水後の畑はローサ曰く、
「あら、スイスの臭い」
ハエもブーンと喜んでいる。
抜いた雑草もいづれ生え、雨が降ると溜め池も崩れるので、頃合を見ては同じ仕事を繰り返す。畑仕事に終わりはないのだと実感する。
そのうち、家の塗装も任されるようになった。石灰水に色粉を入れ、人畜無害の塗料を作る。昔は島のどの家もこれを使っていたそうだ。白っぽかった家を温かい黄色に塗り替えると、
「新しい家みたい!あなた、手先を使う仕事に就くといいわ」
とローサは言ってくれた。
私は不器用である。ただ、いつまでに終わらせてとか、もっとこうしてとか、彼らは一切口にしない。いつだってどこかいいところを見つけては誉めてくれる。だから余計に嬉しくなって、ハミングしたり写真を取ったりしながら楽しく仕事ができるのだ。
生活廃水は浄化して散水し、雑草は乾燥させてコンポストとなり、生ゴミや残飯はニワトリの餌となる。そして、それらで育てた植物とニワトリの卵の恩恵を頂く。
そんな生命循環の生活で学ぶことがたくさんある。水やエネルギーを大切に使うことはもちろん、何かを消費する前に再利用を試みること。加えて、物を購 入する時は過剰包装や地産地消、添加物をチェックすること。購入する商品の選択は投票と同じ。自然を破壊し、貧しい人々を低賃金で雇うような杜撰な会社に 投票すると、私もそれに加担することになる。一票は市場を動かし、市場は世界を動かすのだ。
1 件のコメント:
世界一周券ってすごいね!今まで存在しらんかったわ。続き早くみーせーてー。
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