2010年5月19日水曜日

フラワーフェスティバル 広島

こんにちは!

そして、お久しぶりです!
私、Yukoは8ヶ月のカナダ・イギリスの旅を経てもう一度この場所、広島Hana Hostelに受付係として帰って来ました。みなさんに広島で会えるのを楽しみにしています!

さて、ゴールデンウィーク、みなさんは何をして過ごされましたか?
私は広島市内で行われる最大級のお祭り、フラワーフェスティバルを楽しみました。
しばらく日本のお祭りから遠ざかっていたからでしょうか、新種の屋台がちらほら目立っています!









この大きいタコ!!以前はこんな大きいタコの入ったたこ焼きを広島で見たことはありませんでした。
そして、きゅうりの漬物が丸ごと一本、箸に刺してある!!
その他、広島の特産物“牡蠣” “アナゴ” などが食べれたり、県外から出店している店もありました。
驚いたのは、インターナショナルな屋台がたくさんあったこと。タイやインド、遠くはアフリカやギリシャの屋台が出ていたり。
広島にいながら、日本、海外の様々な文化や料理を楽しめるなんて、新たな発見です!


そして、一年に一回このフラワーフェスティバルが開催される3日間の昼間のみ、平和大通りの車道を歩きたい放題歩けます。
緑と活気があふれる広島の雰囲気を存分に楽しみました!

そして、6月のお祭りは“とおかさん”です。
広島の初夏を浴衣で楽しめるお祭り!
今年は6月4、5、6日に開催されます。
こちらにも注目です↓↓
http://www.toukasan.net/

2010年4月30日金曜日

被爆者の肉声 ~伝えていかなければいけないコト~



こんにちは。花宿のマモルです。今回のブログでは、胸の痛む、だけれども広島人としてどうしても伝えておきたいお話を紹介したいと思います。

イキナリ重い話題になるかもしれませんが…僕はいわゆる『被爆3世』です。僕の祖母は25歳のとき被爆しています。彼女は原爆の生き残りです。

1945年8月6日の朝、祖母は爆心地から2kmほどの実家で倒壊した家の下敷きになりました。その後、路面電車で仕事に向かっていた妹を市内で探し回ったため、彼女は全身に放射能を浴びました。

市内から帰って来た後、髪の毛がズルズルと抜け落ちたそうです。彼女の体には明らかに被爆症状が現れていました。その後、祖父との間に父を産み、そして僕が産まれました。明らかな被爆症状が現れながらも、よく健康な父を産んでくれたものだと、今でも思います。

僕の両親は祖父母と暮らし、共働きだったので、僕はいわゆる『おばあちゃんっ子』でした。物心ついたときには原爆の話を―原爆直後の広島市内がどれほど悲惨だったかを―繰り返し繰り返し聞かされて育ちました。

彼女の妹はいまだに骨すら見つかっていません。繰り返される原爆の話の最後にはいつも妹の話になり、その話をするとき祖母はいつも涙を浮かべていました。骨を見つけてやりたいんだ、と。

僕は広島という重い歴史を背負った街で生まれ、育ちました。

祖母は今年90歳ですが、彼女の口から原爆の話が語られることはもう二度となくなりました。彼女は5年前に痴呆症を発病し、自分の名前すら忘れ、老人ホームで静かな日々を送っています。

あと何十年かすれば、原爆を実際に体験し、そして生き残った人々の話 ~伝えていかなければいけないコト~ を直接耳にすることは難しくなるかもしれません。それは歴史の一部を失うことであり、なにかしらの危機感を抱かなければいけないことなのかもしれません。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

4月19日付けの中国新聞(広島ではメジャーな地方紙)で、あるウェブサイトが紹介されていました。『被爆者の声』というサイトです。







このウェブサイトは、私費を投じて1000人以上の被爆者の肉声を収録し、昨年3月に72歳で死去した元長崎放送記者、伊藤明彦さんの思想や活動に共鳴する次世代の人たちによって作り上げられたものです。

徹底して被爆者の肉声をそのまま伝えることにこだわっていて、「肉声を無編集で次の時代の人々に手渡したい…。解釈や編集はその時代の人々にまかせればよい」という考えに基づいています。

広島の証言だけでも、8月5日夜~8月6日昼(ディスク1)、8月6日昼~夜(ディスク2)、8月7日~8月14日(ディスク3)まで131話の証言を肉声で聞くことができます。

【証言抜粋】
■ 証言 022 半裸体になって人が次々次々(ディスク1)
■ 証言 043 川ん中が埋まってしまって(ディスク1)
■ 証言 057 皮膚の焼けた皮がみんなぺったり手に(ディスク2)
■ 証言 067 肉の塊のようなものを持って(ディスク2)
■ 証言 117 鳶口で目のところをぐっと刺して(ディスク3)
■ 証言 119 手鉤でぷすっとね、刺すんです(ディスク3)

耳を覆いたくなるような話ばかりですが、どれも祖母から聞かされていた話と似ています。これらは全て実際に起こったことであり、それを見た被爆者本人の肉声によって語られることで、胸の底に届く生きた声になっています。

最近ではオバマ米政権が進める核体制の見直し(NPR)や、核拡散防止条約(NPT)がトップニュースになることもありますが、被爆地・広島として核兵器がどれほど悲惨なものか、もっと強く発言すべきなのかもしれません。

このブログを通じて、少しでも多くの方が被爆者の声を聞くことを祈っています。

■ 『被爆者の声』

■ 伊藤さんのエッセイが読める「ブログ 伊藤明彦 ヒロ・ナガ.com」

伊藤明彦  ヒロ・ナガ.com

お世話になりました!

こんにちは、スタッフのさとこです。

新年度がスタートしてはや一カ月。
新たな気持ちで新生活を始めた方もたくさんいらっしゃると思いますが、
私にとってもこの一カ月は感慨深いものでした。 というのも、今月が私にとってハナホステルで働く最後の月だからです。

私事ですが今月いっぱいでハナホステルを去り、来月スペインに旅立つことになりました。

2008年9月、ジェイホッパーズ広島に清掃スタッフとして入社し、レギュラースタッフを経て 昨年の夏からハナホステルで働かせていただきました。1年9カ月という短い間ではありましたが、 ジェイホッパーズとハナホステルで仕事ができたことは私の人生にとって特別なことです。

日々新たな出会いがあり、発見があり、
つい1年9カ月前にはまったく想像すらしていなかったことばかり.....
楽しいこともたくさんあったし、驚かされるようなこともありました。

レギュラースタッフの研修をスタートして間もないころ、 急病の外国人のお客様に付き添って救急車に乗ったことがありました。 とにかく英語が話せる人が必要ということで、迷う暇もなく 、電子辞書を持って救急車に飛び乗ったのですが、人生で一度も救急車というものに乗ったことが なかった私は、テレビでしか見たことがなかったような光景に驚きつつも、最初で最後かもしれないと 車内をキョロキョロ(笑)
結局そのお客様の病状は深刻なものではなくて、 数時間後には戻って来られ、翌日元気に旅立たれました!!よかった~ ^^

その他にもたくさんのことが思い出されますが、 今そうやって懐かしく振り返れるのも、マネージャーをはじめ ジェイホッパーズ、ハナホステル両スタッフに支えてもらい 助けてもらいながら今日まで働くことができたからです。 スタッフ同士が仲が良く、困った時にも助け合えるということが それぞれのホステルの魅力につながっていると思います。

先日25日、ハナホステルで歓送迎会兼誕生日パーティーが行なわれました。 送迎はもちろん私。歓迎は新しい夜勤スタッフの岡松くん、そして今月16日が誕生日だったのがジェイホッパーズ のちかちゃん。

これまで何人かのスタッフが去り、新しいスタッフがやって来てと入れ替わりがありましたが、 スタッフ全員が協力し合い、訪れるお客様お一人お一人がそれぞれのご滞在を楽しんでいただけるような 雰囲気作りやおもてなしを心がける姿勢は変わることがありません。


広島にお越しの際は、ハナホステルとジェイホッパーズにもお立ち寄りください! それぞれ違った雰囲気があっておもしろいですよ~
フレンドリーで素敵なスタッフ達が皆様のお越しをお待ちしております!!


最後に、
先日のパーティーでナイスなプレゼントをいただきました。

新たな時間(スペイン時間)を刻む時計.....
何とも粋なプレゼントで感激しました!
ジェイホッパーズのスタッフまさちゃんのチョイス、ありがと~!!
さっそく外出するときは身につけて、腕になじませるようにしてます。




この時計を見るたびに、ここで働いていた日々を思い出すことでしょう。

では、行ってきます!!

2010年4月1日木曜日

桜桜桜

昨日、まだ慣れないカメラを片手に花見に行ってきました。







まずは宮島の近くにあるちゅーピーパークへ。
ちゅーピーパークへは、宮島の次の駅で降りて徒歩10分で行けます。
こちらにはたくさんの種類の桜が植えられています。









まだ満開ではなかったのですが、いろいろな種類の桜を楽しむ
ことができました。








そして、次は桜の名所としても有名な錦帯橋(岩国)に行ってきました。
こちらもまだ満開ではなかったのですが、
桜の種類によっては満開の木もあり、とても綺麗でした。








途中、雨が降り始め撮影終了です。

最近雨が多くて桜がせっかく満開になってもすぐに散ってしまいそう
で怖いです。
みなさん、天気のいい日には桜を見に行きましょう♪








そして、錦帯橋の帰りにはお決まりの山賊へ・・・。



2010年3月30日火曜日

珍味が味わえる居酒屋

こんにちは、スタッフのさとこです!
今回はお酒大好きな私がお気に入りの居酒屋をご紹介したいと思います。

広島一番の繁華街、流川(広島市中区)に旬肴(しゅんこう)という居酒屋があります。とても小さな居酒屋で、カウンター席(9席)と、奥に個室が1つあるのみです。
メニューはその日オススメの魚から、旬の野菜から、珍しい食材までとても充実しています。

先日行ったときは生まれて初めて馬のタテガミ刺しをいただきました。
食べてみると甘みがあって、トロけます!
タテガミは1年中あるメニューとのことです。













こちらはアギ天(牛の上あご肉の天ぷら)。
ちょっとクセがありますが、タレをつけて食べるとおいしい!
部位によって少し違った食感を味わえますよ~


その他にもウニクレソンやキノコのソテーがオススメなのです。写真がないのでご想像におまかせするしかないのですが、なかなかのお味です!
どちらかといえば居酒屋好きのオヤジ達向きのお店、といった感じですが、
出てくる料理がおいしくてボリュームもあるので、お酒が飲めない方でも十分楽しめると思います!

*メニューはホワイトボードに手書きで書かれていますが、料金は書かれていませんのでご注意ください。ふつうに飲んで食べて一人4千円くらいを見積もっておくとよいでしょう。支払いは現金のみ。

旬肴(しゅんこう)
広島市中区流川町4-23
TEL:082-242-1041
営業時間:18:00-26:00/定休日:火曜日
アクセス:広電胡町電停にて下車、徒歩約5分

花宿から徒歩2分のラーメン屋さん~応援家 (呉麺屋) カープロード店~



花宿は広島駅からマツダスタジアムを結ぶ通称『カープロード』のすぐ裏側にあるのですが、そのカープロードの中ほどに大きな看板を出しているラーメン屋さんがあります。

その名も『応援家 (呉麺屋) カープロード店』。カープロードにふさわしい直球ストライクなネーミングです。カープの試合のある日は、たくさんのお客さんでにぎわっています。



さて、肝心なメニューですが、麺類は『豚骨ラーメン(赤玉、白玉)』、『呉冷麺』、『廣島ぶっかけ麺』の3種類があります。そのほかにも、おつまみメニューやお酒類も充実しているので、カープを応援した帰りにちょっと一杯、なんて時にもぴったりなラーメン屋さんです。

写真は豚骨ラーメンの『カープラーメン白玉(大盛)』です。背油とにんにく入りのパンチの効いたスープにコシのある細麺が絶妙にマッチした、こってり好きにはたまらない豚骨ラーメンです。

平打ち麺にいろいろな具をトッピングし、辛味の効いた甘酸っぱいスープをかけた『呉冷麺』や、その呉冷麺と広島風つけ麺をドッキングさせた『廣島ぶっかけ麺』もお勧めです。





店内には、選手の直筆サイン入りユニフォームやフラッグ、そして壁一面を覆うトレーディングカードなど、カープグッツでいっぱいです。また、店内には大型モニターが2台設置されていて、カープの歴史を紹介したDVDや、野球の生中継をつねに放映しています。

営業時間はAM11:00〜PM11:00、ラストオーダーはPM10:30です。花宿に来て広島風の美味しいラーメンが食べたくなったら、ぜひ『応援家 (呉麺屋) カープロード店』に足を伸ばしてみてください。花宿から徒歩2分です。

→呉麺屋のホームページ



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2010年3月22日月曜日

大久野島へ行ってきました。

こんばんは!スタッフのともこです。
3月20日の中国新聞に大久野島の記事がのっていました。この島に行く前の私だったら気にもせずさらっと流していたかもしれません。


2週間ほど前ジェイホッパーズ広島のスタッフちかちゃんのブログをみて衝撃をうけ、大久野島に行ってきました。
ちかちゃんが大久野島について詳しくわかりやすくブログに書いてくれているので、まずはそちらをご覧ください。

地図から消された島、大久野島

この島を訪れて、一番印象に残ったのは、戦時中この島で発電所として使われていた建物です。↓


私が行った日は曇りだったので、ちかちゃんの取った写真よりも暗くしめった感じがしています。
見た目は少しおどろおどろしく見えますか?
建物に入るとまずはその広さに驚かされます。写真だとうまくつたえられないのですが。
行く前は、暗くて怖いところなのかと想像していましたが、全くそんなことはなかったんです。
風が心地よく通っていて、外の木々の音がやさしく聞こえてずっとそこにいたいと思うような不思議な感覚になりました。

私は広島生まれなので、原爆や戦争の勉強を小学校のころからしていましたが、恥ずかしいことにこの大久野島については、今年初めて名前を聞きました。戦争を 知るために沖縄に1年滞在し(その為だけじゃないです)、慰霊碑や資料館を巡りましたが、広島にこんなに貴重なものが残っているなんて、しりませんでした。

広島の方もそうでない方も是非1度訪れていただきたいと思います。
広島には戦争や原爆について勉強しようと思われ訪れる方がたくさんいらっしゃいます。
以前 原爆資料館から帰ってこられたお客様とお話した時に、
「原爆について勉強できたが実際自分がこれから何ができるかがわからないんです。何が正しくて何が間違っているのかがわからなくなりました。」
と、おっしゃってました。

戦争や原爆について、いろんな考え方があると思います。これという結論を出すのは本当に難しいことだと思います。結論はでなくても、まず知ろうと思って行動することが大切なんだと私は思っています。


大久野島は広島に来られる際には、是非行っていただきたい場所の一つになりました。
興味のある方は受付で詳しくご案内いたしますので、どうぞお立ち寄りくださいね。