カナリア諸島を去り、バルセロナから1時間程の街、タラゴナの農家へと移った。
農家を営んでいるのはスペイン人のジョアンとフランス人のエリザベスの夫婦。3人の息子も一緒に住んでいる。
800年前に建てられた石造りの家は、彼らが住み始めた10年前まで屋根が抜けた家の残骸だった。それを2人で補修し、森を拓き、植物を植え、今の家と葡萄畑になった。
広大な土地のほとんどはバイオダイナミック農法で育てている葡萄畑。残りはサクランボ畑・森・家庭菜園・家。葡萄と自家製オーガニックワインとサクランボを売り、3室のアグリツーリズモを経営している。
ジョアンは仕事も家事もこなす働き者。フランスでバイオダイナミック農業を学んだ。
エリザベスはヘビースモーカー。バンッと鍋を食卓に置いたり、洗った食器に泡が残っていたり、捲し立てるように話したり、所作が粗い。「この歳の女が4人の男の世話をするって大変なんだから!」と言っていた。その通りだ。子育てと家事と仕事をこなすには細かいことは気にしていられない。
21歳の次男は自動車修理工。酔っ払って帰宅することがよくある。
18歳の三男は赤十字でライフセーバーの勉強をしている。次男と三男は仲が良い。
夜になって、23歳の長男が帰ってきた。モヒカンヘアにパンクルック、目の周りがなんだか黒い。私は一瞬、「わ、わるもの」と思った。彼は枯れた声で怒鳴り散らしながら部屋に隠った。家具や床を蹴る音がした。聞けば、彼はドラッグ中毒で、叫んだり泣いたり、精神不安定に なることがあると言う。セラピー施設にも入っていたが、本人にやめる気がないので元に戻ってしまった。でも、とエリザベスは付け加え、「気持ちは解るの よ、私もタバコがやめられないから」と言った。
それにしてもびっくりした。グランカナリアの農家に着いた時に「はい、これ」と夜間の糞尿用の桶を渡された時も大概驚いた(部屋からトイレが少し遠い為)けど、有機農家にパンク息子の組み合わせも驚きだ。
息子たちは農業に全く興味がない。「でもいづれは・・・」とジョアンとエリザベスは密かに期待している。
私は、1番農業に興味のない長男が案外向いているんじゃないかと思う。だって、部屋で大切そうにマリファナ栽培してるし!
ある日、2階で喧嘩の声が聞こえたと思ったら、三男が泣きながら1階へ降りてきた。ラリった長男(23)がいきなり部屋に入ってきて、シーツを剥がして床に落とし土足でぐちゃぐちゃに踏んだのだという。18歳の男の子のこういう涙を私は初めて見た。
ある日、酔っぱらって帰ってきた次男。仕事中に機械に人指し指を挟まれ、大きく腫れていた。「俺の指がじゃがいもになってるっつーんだ よ!じゃーがーいーもー!!!」と叫んでは一人で笑っている。「指がじゃがいもなので今日はお皿は洗えませーん」とか言ってるけど、普段からお皿は洗って いない。
ある日、長男が熱心に苺を切ってお皿に入れていた。カワイイところもあるんだな、なんて思ったら大間違い。その苺の上にスプレーの生クリームをブリブリ −ッと苺が見えなくなるまでかけ続け、その上に500gの砂糖袋をひっくり返してドバドバーッとかけた。それはもう、人が食べる物ではなくなっていた。
私は3人兄弟の母親には絶対にならない。