2011年8月26日金曜日

タムムン滞在記 「~カナリア諸島、自給自足の楽園に‥‥出会った~」編 その②

タムムン滞在記 「~カナリア諸島、自給自足の楽園に‥‥出会った~」編 その① を読む


 この農家がベジタリアン(卵と乳製品は食べる)と知った時、私は少なからず不安だった。ところがローサの手料理は、昆布とマッシュルームのトマト煮、キッチン栽培のもやし入りラザーニャ、キャッサバのフライなど、どれも優しい味がして、レシピを教わるのが私の楽しみの一つになった。


 ある日、ひよこ豆とジャガ芋の煮込みの中に小さな白い粒々がたくさん入っていた。

「それはスペイン語でokaraと言うんだよ」

とアルベルトが言った。おからは日本語だと私が教えると彼は恥ずかしそうに笑った。 


 彼にはセイタン作りを見せてもらった。セイタンとはベジタリアンが肉代わりに食べるプロテイン豊富なグルテンミートである。自然食品店でも購入できるが、高額の上に味の好みもあるので、彼が毎回レシピを試行錯誤して定期的に作っている。基本は小麦粉と小麦グルテンを醤油と水で練り、その塊をにんにく、昆布、生姜などのスープに漬け込んで一時間程煮込む。できあがったセイタンは肉のように焼いても炒めても、衣を付けて揚げても良い。一見、手間のかかる作業に思えたが、全ては自身の血となり肉となるのだ。


 またある日は彼らのリクエストに答え、私がベジタリアン和食を振るまった。

ブロッコリーの胡麻和え、卵焼き、根菜の煮物、野菜の巻き寿司。

「こんなオムレツ見たことないわ!日本人は器用ね」

日本の卵焼きの作り方を見ていたローサは感心していた。

 こうして、美味しく楽しく食事を頂くという幸せな時を毎日彼らと共有した。



 ローサは毎晩、二十代の頃にイスラエルのキブツで学んだことや、哲学、今読んでいる本について、最近観たドキュメンタリー映画について、それから、萎れていた花瓶の花がまた咲いたとか、腸が弱い猫にケフィアを飲ませているとか、嬉しそうに話してくれる。

 バス停に行けばバスは来るし、会社に行けばお金がもらえるし、お金があれば何でも買える。そんな受け身の安定は要らないと彼女は言う。雲の形や花の香りの変化を感じながら、本能を大切にして生きたいと。既に人生の大半をここで穏やかに暮らす彼女の笑い皺の一つ一つが、彼女の人生を物語っていた。

 



 春は瞬く間に過ぎた。突き抜けるような青い空の朝、最後の仕事として、レタスやパプリカの苗を植えさせてもらった。種でなく苗を植えるのは、市販の種で育てた植物から採れた種でもう一度植物を育てようとしても、あまり成長しないように種業者がコントロールしている場合があるからだとアルベルトから教わった。こうした遺伝子のコントロールは危険なことだ。

 空港まで見送ってくれたローサとの別れ際、私は思わず泣いてしまった。あなたが来てくれたことが何よりも嬉しいといつも言ってくれた彼らに会えなくなる寂しさと、感謝の気持ちを充分に伝え切れなかった悔しさが混じった涙。

「さぁ行きなさい、私だって別れは辛いの」

無理に笑って私を促した彼女は、お腹がすいたら食べてねと、私に包みを手渡した。
 

 機内で包みを開けると、そこには私が教えた日本の卵焼きを挟んだサンドイッチがあった。窓の外には陽の光を含んだ大西洋が輝いている。また、涙が頬を伝った。




4 件のコメント:

Shin さんのコメント...

おおおぉー、感動的。
まさにウルルンやね。

③が待ち遠しい。

waruida さんのコメント...

ええ話すぎるやないか~

Chika さんのコメント...

すごい!タムさんの文章で情景が思い浮かぶわぁ。次も楽しみしております!

kanasubi77 さんのコメント...

鳥肌たっちゃった
③はいつでるにょ?